小泉純一郎の離婚理由がヤバい!妻は創価学会で姉との確執だった!

 

こんにちは、まろです。

 

 

小泉純一郎さんと言えば、元内閣総理大臣で世間でも広く知られた人物です。

 

 

三人の息子がいて、兄の孝太郎さんは俳優業を、弟の進次郎さんは父の後を継いで政治家の道を歩んでいます。

 

 

そんな小泉純一郎さんですが、実は30年以上前に結婚と離婚を経験しています。

 

 

元妻についてあまり公にはされていませんが、これはマスコミに対して徹底的な統制がなされていたのだという情報もあります。

 

 

そして離婚原因が多く噂されています。

一体何があったのでしょうか。

 

 

まずは詳細をチェックしていく事からはじめていきましょう。

 

 

それではいきます。

 

 

小泉純一郎の結婚、結婚生活、離婚について

結婚

 

小泉純一郎さんは1978年のころ、当時青山学院大学4年生であったエスエス製薬の元会長の孫、宮本佳代子さんと結婚しています。

 

 

お見合いで二人は結ばれましたが、その時点で小泉純一郎氏さんは政治家としてのキャリアをスタートしています。

 

 

お見合いと聞くと政略的なものがあるのでは?と思われる人もいるかもしれませんが、一概にそうとは言い切れません。

特に小泉純一郎さんは決断力が早く思い切りの良い事で知られていますからね。

 

 

小泉純一郎さんの決断力の早さを表すエピソードとして、小泉純一郎さんは、お見合いの当日に宮本佳代子さんにプロポーズをしたと言われています。

 

 

凄い決断力ですよね。

あなた出来ますか?

その日初めて出会った女性にプロポーズですよ?

 

 

僕にはできません・・・。

 

 

そしてエスエス製薬の元会長、佳代子さんの祖父である祖父の泰道照山さんはこの結婚に猛反対だったそうですが、それを押し切る形で結婚が決まりました。

 

 

結婚生活は順調で、佳代子さんは二人の息子を出産、子育てに奮闘しながら夫の政治活動を支え続けています。

 

 

ただ、この結婚生活は5年で幕を閉じました。

 

 

はっきりとした離婚理由は公開されていませんが、1982年に二人は離婚、孝太郎さんと進次郎さんの二人の息子は小泉純一郎さんが引き取ることになりました。

 

 

実はこの時、佳代子さんのお腹の中には3人目の子供がいて、離婚後の1983年に男の子を出産しています。

 

 

小泉純一郎さんはこの3男の親権も主張しましたが、調停の結果親権は佳代子さんが勝ち取りました。

 

 

なせ孝太郎さん、進次郎さんは小泉純一郎さんが親権を得ているのに、3人目の子供は佳代子さんが親権を持つことになったのでしょうか。

 

 

やはり生まれてくる子供には母親が必要だから、という配慮でしょうか。

謎です。

 

 

小泉純一郎の離婚理由1.創価学会について

宗教

 

小泉純一郎さんの離婚理由には様々な情報が噂されていますが、その中には宗教に関するものもあります。

 

 

元妻の宮本佳代子さんが創価学会員で、その考え方の違いで離婚に至ったのではないか?というものです。

 

 

小泉純一郎さんは結婚の際に「政治家の世界は何も知らなくていい」と佳代子さんに伝えています。

 

 

政治活動に関しては小泉さんの母親や姉が取り仕切ることが多く、佳代子さんにその必要性は求められていなかったわけです。

 

 

とは言え、政治家の妻として何かと夫を支える行動を起こした佳代子さん、創価学会出身ということも関係して親族からの反感を買った可能性も考れます。

 

 

もちろん、明確な離婚理由について小泉純一郎氏も元妻の佳代子さん側も何も話をしていないので実際のはどの情報が正しいのかはわかりません。

 

 

実際に、宮本佳代子さんが宗教にのめりこんでいたのかどうか分かりませんが、根強い噂の一つとして残っています。

 

 

確かに自民党議員の身内に創価学会員のものがいる、というは、悪いわけではありませんが、少し不自然な感じもしなくもないですよね。

 

 

創価学会といえば、やはり「公明党」と頭に浮かぶ人の方が多いでしょうから。

 

 

政教分離を考えるうえでも、小泉純一郎の今後のキャリアとしても、身内に創価学会員はちょっとまずかったのではないでしょうか。

 

 

小泉純一郎の離婚理由2.姉との確執について

独身

 

小泉純一郎さんの離婚理由にはもう一つ、小泉純一郎さんの姉との確執が噂されています。

 

 

先にも挙げたように、小泉純一郎さんの政治家活動は女系家族で発言力の強かった母親と姉・信子さんとが取り仕切っていました。

 

 

政治家・小泉純一郎さんの周りを身内で固めて、不要な心配事は遠ざけるようにしていたようです。

 

 

姉の信子さんは小泉純一郎さんの秘書としても活動し、夫を支える嫁としての立場がなかったのでは?と予想されます。

 

元妻である宮本佳代子さんは、元青山学院大生のお嬢様、政治家を支えるための常識など知らないも当然です。

 

 

女性

 

とは言え、妻として夫を支えないわけにもいかず、佳代子さんなりに家事や子育て、政治活動のサポートなどに奮闘していた時期があったのは確かです。

 

 

逆にその事が、小泉信子さんを始めとする小泉家の姉達との確執が生まれてしまったのではないでしょうか。

 

 

他人に小泉家の事を触れられたくない小泉家と、その中に入ろうとする宮本佳代子さん。

そんな構図が浮かびます。

 

 

結局、離婚に至るほど宮本佳代子さんと小泉信子さんとの関係は、相当ぎくしゃくしていたのではないでしょうか。

 

どこの家庭でも小姑と嫁との確執は多少なりともありますよね。

 

ただ、小泉家は代々政治家の家系で、一般家庭に比べて取り決めやルールが厳しい部分はあったかもしれません。

 

 

その厳しさに外部の人間ながら、小泉純一郎さんの元妻となった宮本佳代子さんが入っていけなかったのか、あるいは小泉信子さんがよそ者として「小泉家」に入れなかったのか、今となっては分かりません。

 

 

もし小泉信子さんと宮本佳代子が仲良く協力できる関係だったなら、小泉純一郎さんは一体どうなっていたんでしょうか。

 

 

想像してみるのも面白いですね。

 

 

まとめ

道

 

いかがでしたでしょうか。

 

 

今回は「小泉純一郎の離婚理由がヤバい!妻は創価学会で姉との確執だった!」について紹介しました。

 

 

小泉純一郎さんの離婚の原因には様々な噂が流れています。

 

 

中でも有力候補として挙げられるのが今回紹介したこの二つ。

  • 「宮本佳代子さんの創価学会説」
  • 「宮本佳代子さんと小泉純一郎の姉たちとの確執」

でしょうね。

 

 

もちろん、この二つの理由が絶対に正しいとは言いきれません。

本当の理由を当人が発言しないので公にはなっていません。

 

 

ただ、これだけ世間で噂になっているという事は、それなりの信憑性があるのでは?と考えられますよね。

 

 

火のない所に煙は立たぬ、つまりはここで挙げた理由に近い事実が過去に合ったということだと思います。

 

 

あなたはどう思いますか?

 

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

小泉純一郎さんについてはこちら

 

をご覧くださいね。

 

 

小泉家長男である小泉孝太郎さんについてはこちら

 

をご覧ください。

 

 

小泉家次男の小泉進次郎さんについては

 

もご覧下さいね。